生活

東日本大震災から1年

東日本大震災でお亡くなりになった方々に、心よりご冥福をお祈りいたします。

また、多くの尊いものを失われた方々に、深くお見舞い申し上げます。

私を安全に運んでくれた、失われた愛艇「海映丸」に感謝したいと思います。

昨日11日にはブログを更新する気がおきませんでした。1年間重いものを背負っていたのかもしれません。

ボートショー2012は、次回更新です!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

浜通りの復興を願って

海映丸です。

福島県は、「浜通り」「中通り」「会津地方」の3つの区域に分けられています。

私の住んでいるいわき市は「浜通り」です。

本日から、福島第一原発事故の関係で、新たな区域設定で浜通りは区切られました。

何らかの制限を受けることになったのは、立ち入りの制限される「警戒区域」、早めに非難しなければならない「計画的非難区域」、そして緊急時に屋内退避や非難の準備をしておく「緊急時非難準備区域」です。

それ以外の区域は通常通りの生活を送って問題ない扱いとなりました。

実際には、浜通り13市町村(13で多分あってると思います)のうち10の市町村は何らかの制限を受け続けています。

残ったのは3市町村(いわき市・相馬市・新地町)です。福島県の海岸線のうち約半分は制限を受け続る訳です。

今回、屋内退避指示を受けていたいわき市の一部が制限解除となり、いわき市全域が通常通りの生活を送ってよいことになりました。

浜通りの復興は、この3市町村にかかっています。

国の発表でもこの制限は最低6ヶ月は変えない方針なので、復興速度はかなり遅くなり、残された3市町村が半年後以降制限が外れる市町村のフォローが出来るだけの復興をしていなければいけません。

現状では、いわき市の海岸部で水産加工業をなさっていた企業のほとんどが廃業を決めているそうです。その商品を運搬していた運送業も共倒れで廃業となる連鎖廃業が多発しているそうです・・・

厳しい状況は続いています。

一人一人は小さな力でも、多くの方が前を向いて進んでいけば、時間はかかっても前進し続けることが出来ると思います。

「がんばっぺ!いわき」「あきらめるな!いわき」他の市町村の分もがんばりましょう。

海岸線はつながっています。

いわき市から新地町までの海岸線を復活させるため、浜通りの住民みんなでがんばりましょう。

制限を受けた浜通りのみなさんは、ご自分の生活環境の確保と、ゆっくり体を休めて復興時のパワーを充電してください。

浜通り復興を目指して、がんばりましょう!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

原子力発電と被災

海映丸です。

私は茨城県生まれで物心ついたころから、東海村の原発・原研・動燃の名前は抵抗無く耳に入ってきました。しかも、東海村の高校に通い、東海村までは30kmほどの地区に住んでおりました。

ですから、原子力発電に否定的な考えを持ったことがありません。とうぜん、同級生やそのご家族も何らかの形で、原子力関係の仕事で生計を立てていらっしゃいます。日本の経済成長を支えたのも原子力発電であると理解しています。

今回の福島第1原発の事故で、福島の原電そして刈羽崎原発だけが東京の電気を作っているかのように報道されていますが、実際は東海第2原発そして、女川原発もその一部を担っています。(そのほかにももっとあると思います)

東京のかたがたは、福島と刈羽崎ぐらいなら東京電力は原発をやめちゃえばいいじゃんと思っていると思いますが、実際は違います。

東京を維持するには、原発から離脱することは現状では不可能でしょう。

東京のかたがたは、当然原発に対する負担を電気料金の中で負担されてきたわけですが、今後は現在の負担ではすまないと思います。

急に東京の電気代だけ他より上がってんの?と思われる方も出るかもしれませんが、それが東京の現実だと思って受け入れて頂くほか無いでしょう・・・

政治はきちんとは説明しません。東京電力が自社所有の原発以外の原発からどれだけ電気を供給されていたか興味のある方はネットで調べると良いでしょう。

その付けは、東京電力以外の被災地の東北電力も共有するわけですから、原子力被災地の福島県住民の差別だけはしないでください。

現状いろいろな差別が発生しています。事故発生当時県内でさえ浜通りから来た人は、スクリーニングしないとビジネスホテルに泊まれない状況が行政の管理の下行なわれていました。ひどすぎます・・・

第一原発の水素爆発直後、浜通りの住民はすべて、被爆者扱いの対応を行政からされています。これだけでも、東京電力に保障してほしいぐらいです。

今回の事故はここまで、人の心を傷つけているのが現状でしょう・・・

ほんとに悲しい事故です。

私は一時会津若松の店舗で勤務することになり、いわきから会津若松に移動し仕事をしていました。体調不良で医療機関を受診しようと申し出ると、スクリーニング後で無いと医療機関への立ち入りを拒否されました。

実際は、受診をを申し出ていない人は誰でも出入り自由でした。受診受付をした途端、入り口から入ってもらっては困りますって感じです。

その前は出入り自由で、自販機でジュースを買ったりお弁当を買って食べてました(笑

しかし、これが現実です・・・

嘘を書いていると思われるのはいやなので、私のスクリーニング証明をアップします。

記念品だと思って大事のとっておきました。

Hibaku これを測定した医療機関が悪いわけではありありません。

竹田病院さんを批判するのは絶対にやめてくださいね。真実味がないので医療機関は出したままでアップしました。

さすがに測定者のお名前は消させていただきました(汗

原発被災者の皆さんはこんな精神的苦痛を味わっています。屋内退避を含む半径30kmのかたがたは、ほとんどの方が収入も失い家のローンなどを残し移動されています。高々75~100万の一時金で暮らせるのは2~3ヶ月でしょう、本来帰宅公表の目安が6~9ヶ月なら、一時金は最低倍支払うべきなのではないでしょうか・・・(東京電力さんの給与から試算してください)

終わったことを批判するのは簡単なのはわかっています。

わたしは、今後いろんな場所で生きていかなくてはならなくなった福島県民を助けてくださいとは言いません。ただ、差別で足を引っ張ることだけはしないで頂きたいと思います。

みんなすでに心病んでいます。

優しい言葉をかけてくださいとは言いません。そっと見守ってあげてください。

| | コメント (2) | トラックバック (0)